第30代内閣総理大臣 斎藤 実(さいとう まこと)
安政5年10月27日生まれ。陸奥国出身。水沢藩士の家で生まれ、海軍兵学校を卒業し、海軍少尉に任官。明治17年、海軍中尉に進級すると駐米公使館付武官を勤め、外国人との交流も深めた。その間に海軍大尉に進級し、帰国後も順調に進級を続け、明治29年に 戦艦「富士」航海委員に選任される。しかし、大正2年に起きたドイツのシーメンス社が日本海軍高官へ賄賂を贈ったシーメンス事件の責任を取る形で海軍大臣を辞任した。それでも、朝鮮総督に就任するなどして復帰し、英語も堪能で国際派であったことや粘り強く、体力があったことなどを評価され、昭和7年に第30代内閣総理大臣に就任した。経済恐慌では農村の救済に勤め、国民の信頼を受けたが満州国を承認するなど、軍部との対立を避け、円満に解決するよう進めたのである。昭和11年、二・二六事件により、青年将校に暗殺された。