山本 権兵衛

第16代・22代内閣総理大臣 山本 権兵衛(やまもと ごんべえ)
嘉永5年10月15日生まれ。鹿児島出身。薩摩藩士の六男に生まれ、勝 海舟に1ヵ月間弟子入りした経験を持つ。勝に強く感化された山本 権兵衛は、戊辰戦争に15歳を18歳と偽り、島津忠義の軍に従軍し、鳥羽・伏見の戦いに参加したと言われている。その後、西郷従道海軍大臣の下で海軍省大臣官房主事に就任し、日清戦争当時は、海軍省軍務局長として海軍の戦略の中枢に位置し、山県内閣の海相に就任した。明治37年には海軍大将に昇進し、伯爵に叙せられた。そして大正2年に内閣総理大臣に就任。軍部大臣現役武官制を廃止するも贈賄疑惑をめぐり、翌年辞任。明治26年から大正2年まで日本海軍の制度・人事・造艦・造機・艦隊編成・戦略に至る全てにおいて采配を振るい貢献した人物とされている。日本海軍の父とまで称されたが、首相在任中に於ける不運が惜しまれる人物である。