大隈 重信

第8代・17代内閣総理大臣 大隈 重信(おおくま しげのぶ)
天保9年2月16日生まれ。佐賀県出身。7歳で藩校弘道館に入学し、同志とともに藩校の改革を訴えかける運動などを起こし、17歳の時に弘道館を南北騒動をきっかけに退学した。しかしその後、蘭学寮を合併した弘道館教授に着任。宣教師などから英語やさまざまなことを学び、影響を受けたのである。英語が話せるということもあり、明治元年には徴士参与職、外国事務局判事に任ぜられ、活躍することとなる。参議兼大蔵卿になると、伊藤博文や井上馨などの上に立ち、意欲的に活動していったのである。トップリーダーとして扱われていたが、明治十四年の政変で政府を追われ、背後で党運営の指揮を取るようになった。そして明治15年に現在の早稲田大学である東京専門学校を開設させ、明治20年、伯爵に叙された。改進党に復党すると党首として活動を続け、外務大臣に就任。明治21年外務大臣に就任。辞職を繰り返し、明治31年に薩長藩閥以外からでは初の内閣総理大臣を拝命した。